延暦寺について

教学

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比叡山の教学は、開祖伝教大師が『山家学生式(さんげがくしょうしき)』において、比叡山で修学修行する者の専攻を「止観業(しかんごう)」と「遮那業(しゃなごう)」の両業と定めたことを基本としています。
「止観業」とは、中国隋代の天台大師(てんだいだいし)智顗(ちぎ)(538~597)が自らの証悟により体系づけた『法華経』を所依とする天台の教理と実践のことをいい、また「遮那業」は、『大日経』を中心とする真言密教のことを指しています。最澄は、比叡山で修学修行する者は、上記の止観業か遮那業のいずれかを専攻することと定め、日本天台宗の教学の根本をなす柱となりました。

この止観業である「法華一乗(ほっけいちじょう)」の教えと、遮那業である「真言一乗(しんごんいちじょう)」の教えは、共に成仏する為の究極の教えであり、両者に優劣をたてるべきではないと考えました。これを「円(えん・天台法華)密(みつ・真言密教)一致説」と言っており、伝教大師の門弟である慈覚大師円仁(794~864)や智証大師円珍(814~891)、五大院安然(841~902~)などによって教学的に体系づけられていきました。

止観業について

止観業で説く法華一乗の実践を「止観(しかん)」といい、「止」とは禅定、「観」とは智慧を指しています。具体的には「四種三昧(ししゅざんまい)」、「常坐三昧」、「常行三昧」、「半行半坐三昧」、「非行非坐三昧」という修行形態で示されています。

常坐三昧

もっぱら坐禅を行う修行法であり、この法門からは栄西禅師や道元禅師などを生み、禅宗が展開しました。

常行三昧

常に歩くという行道の形態の行法ですが、阿弥陀仏を本尊として念仏を唱えることから、この法門からは恵心僧都源信和尚や法然上人、親鸞聖人などの叡山浄土教が興隆しました。

半行半坐三昧

『法華経』による法華三昧の行法を指しますが、この法門からは、法華の題目を唱えた日蓮聖人による法華信仰が展開していきました。

非行非坐三昧

坐禅や行道以外のあらゆる修行方法のことであり、写経などの行法があります。もっと端的に言えば、日常生活がそのまま止観の修行であるということになります。すなわち私たちの日頃の行いこそ悟りへの仏道修行であり、おろそかにしてはならないということなのです。

遮那業について

身と口と意の三業(行為)による真言念誦を指し、即身成仏を目指します。天台宗の密教は台密といい、胎蔵界、金剛界、蘇悉地の三部だてであり、中世以降になって台密13流が興隆し、現在も三昧(さんまい)流、法漫(ほうまん)流、穴太(あのう)流、西山(せいざん)流が伝承されています。
比叡山の修行は、真言密教の不動明王を本尊として礼拝行道する千日回峰(かいほう)行や伝教大師御廟浄土院での十二年篭山行など、現在に伝承されていますが、比叡山の天台仏教の特色は、教えと実践が一致しなければならないという点にあります。
これを「教観双美(きょうかんそうび)」とも「解行一致(げぎょういっち)」とも申していますが、天台大師は「智目行足(ちもくぎょうそく)もて清涼池に到る」と説かれました。すなわち仏の教えをよく学んで智慧の目を養うだけでなく、自らの足で歩むという実践が伴って始めて清涼池のごとき仏が目指す理想の境地「悟り」に到り着くことができると示されたのです。